大判例

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東京地方裁判所 平成元年(特わ)1342号 判決

本籍

東京都千代田区四番町七番地

住居

同都新宿区二十騎町八番地

ランピオン・イゴー四〇五

会社員

酒井義次郎

大正三年四月三〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役三年及び罰金一億八〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都新宿区二十騎町八番地ランピオン・イゴー四〇五(昭和六一年九月二四日までは同区中町一七番地牛込台永谷マンション一〇三号)に居住し、興研株式会社の取締役である傍ら、営利の目的で継続的に有価証券売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和五九年分の被告人の実際総所得金額が四億七四万七一〇一円あった(別紙1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六〇年三月一三日、同都新宿区三栄町二四番地所在の所轄四谷税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が二五二四万六〇〇円で、これに対する所得税額が四六二万三四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第九五五号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億六一九七万一七〇〇円と右申告税額との差額二億五七三四万八三〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れ、

第二  同六〇年分の被告人の実際総所得金額が三億九三五〇万六九五二円あった(別紙3修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一三日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が三〇六二万一五五四円で、これに対する所得税額が六七五万七九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億五五六七万四〇〇円と右申告税額との差額二億四八九一万二五〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ、

第三  同六一年分の被告人の実際総所得金額が三億四三一八万四六九七円あった(別紙5修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六二年三月一三日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が三六九四万二八二四円で、これに対する所得税額が一〇四四万八六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億二〇七四万九六〇〇円と右申告税額との差額二億一〇三〇万一〇〇〇円(別紙6脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書三通

一  酒井眞一及び酒井宏之の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の領置てん末書

一  収税官吏作成の各調査書

1  有価証券売買益調査書

2  雑費調査書

3  預金利息調査書

4  配当収入調査書

5  支払利息調査書

6  源泉税調査書

7  配当控除額調査書

判示第一の事実につき

一  収税官吏作成の損益通算不可支払利息及び登記料の各調査書

一  検察事務官作成の捜査報告書

一  押収してある昭和五九年分の所得税確定申告書一袋(平成元年押第九五五号の1)、所得税青色申告決算書一袋(同押号の4)、所得の内訳書等一袋(同押号の7)、財産及び債務の明細書一袋(同押号の10)

判示第二の事実につき

一  押収してある昭和六〇年分の所得税確定申告書一袋(平成元年押第九五五号の2)、所得税青色申告決算書一袋(同押号の5)、所得の内訳書等一袋(同押号の8)、財産及び債務の明細書一袋(同押号の11)

判示第三の事実につき

一  押収してある昭和六一年分の所得税確定申告書一袋(平成元年押第九五五号の3)、所得税青色申告決算書一袋(同押号の6)、所得の内訳書等一袋(同押号の9)、財産及び債務の明細書一袋(同押号の12)

(法令の適用)

一  罰条

判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

五  懲役刑の執行猶予

刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、いわゆる防塵、防毒マスクの製造販売等(登記簿上は環境衛生用の器材並びに器具の製造及び販売等)を目的とする興研株式会社の創業者で、同社の取締役などをしていた被告人が、判示認定のとおり昭和五九年以降三年間に合計一一億三七四三万八七五〇円の所得をあげながら、有価証券売買による所得を全て秘匿することなどにより、右三年分合計七億一六五六万一八〇〇円の所得税を脱税したという事案であって、ほ脱額が巨額である上、ほ脱率は通算して約九七・〇四パーセントと高率であること、ほ脱の具体的方法も、多数の証券会社に自己名義のほか、親族、従業員名義の取引口座を設け、小規模の非課税取引を装いながら、継続的に営利の目的で大規模な株式売買を行い、なんら雑所得として申告しなかったもので、その手口は計画的かつ巧妙であることからすれば、犯情は悪質で、被告人の刑事責任は重大といわざるをえず、実刑をもって臨むことも充分考えられるところである。

しかしながら、被告人は、昭和五六年興研株式会社の代表取締役社長を辞任し同社会長に就任後、従前から関心を抱いていた高齢者の健康と生きがいづくりのため、ネオシルバー研究会を発足させて検討の上、恒常的に活動する財団法人を設立しようとし、右財団法人の設立、財団建物の建設、活動資金確保等のためには、当面合計一〇億円以上の資金が必要と考え、発案者としていずれ自己の財産を提供し財団の資金の一部としようとしたものの、自己の年齢と健康状態が優れないことなどから、早期に実現するべく、自己の有している株式等を利用し、営利の目的で継続的に株式売買をし、その売買益をもって右資金の大半を捻出しようと考え、判示の方法を用いて大規模な株式売買をなしたものであり、昭和六二年一月には右研究会の中心メンバーとしてこれを改組してネオシルバー協会を設立し、同年一〇月からその機関紙を発行するなど準備を進める過程で、前記多額の売買益については、財団建物の設計料、設立準備費用に一部費消したほか、財団設立準備金としてその大半を管理し、自己のためなんら使用しなかったものである。右のとおり被告人は、専ら右目的のため本件を企てたもので、その目的、動機には酌むべき点があるが、検挙された後右目的のためであっても、自己の行為が正当化されるものではないことを痛感し、本件を深く悔悟の上、本件対象となった年度の本税、附帯税などを完納し、地方税についても納付したこと、被告人は、本件を契機に興研株式会社及び関係会社の役員をはじめ、設立中のネオシルバー協会の役員を自ら辞した上、本件が新聞等でも取り上げられるなど既に相当の社会的制裁を受けていること、被告人がこれまで防塵、防毒マスク等の製造により業界及び労働安全のために残した功績には多大なものがあること、被告人は社会福祉に関心が深く、昭和五〇年ころから今日に至るまで財団法人交通遺児育英会などの公益団体に相当高額な寄付をし、今後もネオシルバー協会ないし右財団に対し多額の寄付を確約していること、被告人は本件犯行を深く反省し、今後は正しく申告納税する旨誓っていることなど、被告人に有利な事情も認められ、これらに前記被告人の病状、年齢などをも総合勘案すると、被告人に対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおりの刑を量定した次第である。

(求刑 懲役三年及び罰金二億円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 柴田秀樹 裁判官 中村俊夫)

別紙1

修正損益計算書

酒井義次郎

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

昭和59年分 酒井義次郎

〈省略〉

別紙3

修正損益計算書

酒井義次郎

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

〈省略〉

別紙4

脱税額計算書

昭和60年分 酒井義次郎

〈省略〉

別紙5

修正損益計算書

酒井義次郎

自 昭和61年1月1日

至 昭和61年12月31日

〈省略〉

別紙6

脱税額計算書

昭和61年分 酒井義次郎

〈省略〉

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